京大きらら同好会

京都大学きらら同好会(3代目)のブログです。

【「つむつき」完結記念リレーエッセイ】「友人キャラ」「負けヒロイン」という視点から見る万里小路旭~4年ぶりに一気読みしてみた感想文~

書いた人:湖柳小凪

 

 良い恋愛ジャンルの作品、とりわけ女の子同士の恋愛を描いた作品にはしばしば「素晴らしい友人キャラ」が登場する――。

 

 これは数年前から私が掲げている持論です。ここで私が使っている友人キャラという言葉は単なる主人公の「友達」・単なる「脇役」ではありません。想い人との関係に悩む主人公の良き相談相手で、時には叱咤激励して物語を前に進めてくれる。注目されることは少ないけれどもこのキャラがいなければ物語がそこで終わってしまう。友人キャラは言ってしまえば、ラブコメの影の立役者なのです。

 そして今回、ブログの執筆に際して「つむつき」を通読してみたのですが、この作品もまた、とある「友人キャラ」に支えられてここまでやってきたのではないか、という仮説に思い至りました。その友人キャラの名前は万里小路旭。

 もちろん彼女は言うまでもなく主人公・紡のライバルとして登場したキャラクターで当初は「友人キャラ」になるなんて思ってもみませんでした。そんな彼女のことをなぜ私が「友人キャラ」と感じるようになったのか。今回は「つむつき」全編を通した旭の足跡を辿る中でその理由についてお話していきます。

 

○初登場から百合を「属性」として有していた女の子・万里小路

 思えば旭はその登場とともに「女の子同士の特別な関係」「女の子が女の子へ向ける恋慕」というものを本格的に本作に持ち込んだ人物でした。彼女が登場する直前の2話でも最後のコマで

唯月:「不束者って……まるで結婚するみたいね」

という台詞があるなど、女の子同士の恋愛を仄めかすような科白や描写はあります。

 しかし、旭の場合は当初から「唯月さんを想ってる」ことを明言しており、唯月を狙おうとする他の女子や男子を明らかに敵視するなどといった様子が描かれました。終盤では主人公二人が恋愛関係まで発展するこの作品に「女の子が女の子を好きになる」という百合的要素を本格的に本作に持ち込んだのは彼女なのです。

 

旭の立ち位置が分かりやすくなるかな、と思って相関図を作成してみた。単行本1巻冒頭のカラーページより画像は引用。

 そんな彼女に対する私の第一印象は漫画やラノベによくいる「女の子が好きな女の子キャラ」でした。『とある科学の超電磁砲』の白井黒子や『這い寄れ! ニャル子さん』のクー子など、別に女の子同士の恋愛をテーマとして描かない作品でもレギュラーメンバーの一人に「女の子が好きな女の子」が登場する作品は多くあります。そのような中で旭も、非百合作品に登場する「女の子が好きな女の子」なのかな、と最初は思ってしまったのです。

 そう感じた主要因は、旭の唯月に対する思いはシリアスな物語、というよりも日常回で、ある種コメディタッチに描かれることが多いからだと思います。旭の思いは一方通行で唯月は全く意識していなく、大量に手紙を出したり(5話)一方的に間接キスを意識して鼻血を出したり(6話)、ギャグっぽく演出することが多くありました。なので旭は紡と唯月を奪い合うライバルポジションキャラでありながらも2巻の雪佳のようにドロドロの三角関係を繰り広げるのではなく、シリアスな物語の中でも読者がほっと息をつける、日常パートの最後の砦的なキャラクターでもあったのです。

 

 

○紡が唯月とは違う意味で「一番気を許していた相手」として見る旭

 もう少し日常パートでの旭というキャラクター、そして紡との関係性についてみていきましょう。

 3巻の表紙でも旭が紡の頬をいじっているように、意外と、もっと言うと付き合う前の唯月と紡以上にじゃれつきあっているシーンが多く、単行本3巻までで旭が紡の頬をいじっているシーンは12コマないし13コマもあります(小凪調べ)。これほどまでじゃれつきあえるのは2人の信頼関係の表れの一つとも捉えられるのではないでしょうか。

ちうね『紡ぐ乙女と大正の月』第3巻(2023年,芳文社)

 また、逆に紡から旭に対しても旭に対してはやたら心を許してるな、と感じるシーンが幾つも見られます。例えば紡・唯・旭・初野の4人で資生堂の喫茶店に行った際にちゃっかりたかったり、元日の式典後にキラキラしたものを戻してしまった紡の犠牲者になってしまったのが旭だったり。

ちうね『紡ぐ乙女と大正の月』3巻(2022年,芳文社)p.49

 これは旭がギャグにも使いやすい要員というのもあるとは思いますが、恩人で、家族で、主人で、恋人である唯月とはまた違った、「一番気の許せる友達」としての信頼関係がある相手だからこそすんなり受けられるシーンだと思うのです。

 この紡と旭の微妙な距離感の近さ・関係性は、違う意味の「好き」同士かもしれないけれど同じ人を想っているのは変わらない、というところに起因しているのだと思います。そしてそんな唯月とはまた違った意味で紡が気を許せ、そして紡のことを唯月と同じくらいに正当に評価しているからこそ、次に挙げるシーンでの旭の後押しに説得力が増し、かっこよく見えるのでしょう。

 

○旭に最も「友人キャラ」を感じた瞬間

 そして旭というキャラが真に光るのはシリアスなストーリーパートで心の折れかかった紡の背中を押すシーンにあります。そのようなシーンはこれまでに二度ありました。一度目は第10話、そしてもう一つは第40話。

 

 まず第10話から簡単に見ていきましょう。この回では唯月のお父さんが屋敷に戻ってきて、唯月に悪い影響を与えたとして紡は末延家の女中をクビになって追い出されてしまいます。失意のまま彷徨う紡の前に現れたのは旭でした。旭はもともと唯月から紡を助けてあげてほしいと電話を受けて紡を探していたのですが、唯月を退学から救えるのは大正時代の常識に染まり切っていない「非常識」で唯月のことを変えてきた紡しかいないと叱咤激励し、紡のことを送り出します。

 このシーンは旭自身も直後に「敵に塩を送る」と評しているものの、旭が紡のことを適切に評価していて、1巻のクライマックスで紡と唯月がハッピーエンドを迎えるためにはこのシーンの旭抜きでは不可能だったでしょう。

ちうね『紡ぐ乙女と大正の月』1巻(2020年,芳文社)p.105

 

 そしてもう一度旭が紡の背中を押すのは最終話1話前の40話。このシーンは全体的に1巻ハイライトの第10話と重ね合わせて描写されているエピソードになりますが、紡が唯月を探しやすくするために着物まで貸して大切な想い人である唯月を紡に「頼みましたわよ」と言って送り出すシーンです。一見第10話とそんなに大差がないように見えるこの場面。しかし、物語最終版、これまで唯月を想うライバルとして、そして(旭自身にはそのつもりはなかったでしょうが)「友人キャラ」としてこれまで関わってきた紡と旭の総決算ともいえるこのシーンの送り出しは、10話とは込められている意味が段違いです。

ちうね『紡ぐ乙女と大正の月』第40話(2024年,芳文社)

 第10話・11話での唯月とお父さんの関係、2巻での唯月と雪佳の関係、二人だけのクリスマス、そして最終的には付き合うまでに至った紡に旭は自分の負けを認めざるを得なかったのでしょう。そして恋のライバルだからこそ(本人たち以外は)誰よりも唯月を救う紡をしっかりと見てきて、紡を信頼していたからこそ、最愛の人を今回も「救って」くれると信じて、唯月を託した。

 旭と紡の間の関係性の名前は本当は『友達』というよりも『ライバル』と表現した方が適切なのでしょう。しかし、それだけ信頼して、負けを認めて主人公が想い人に会いに行く最大限のサポートをして背中を押す、これは旭にしかできないことで、こんな旭がいたからこそ、「つむつき」のストーリーは成り立ったのではないでしょうか。

 地味に着物をあげたわけじゃなく貸しただけ、と強調したところは旭はツンデレな所があるので明言はしないものの、「紡も死んだりまたどこかに消えたりせずに、ちゃんと帰ってきなさい」という意味が込められていて心に染みるものがあります。

 

 

○最初から負けヒロインが運命づけられていたキャラ

 と、ここまで旭の友人キャラとしての活躍や日常シーンでの紡との交友についてみてきましたが、旭とてすぐに紡に対する敗北を受け入れていたわけではありません。

 つむつきファンなら誰でも知っているであろう「ぷりぷりプリン」の名言が登場した第27話・そして続く第28話は、これまで一方的に唯月に意識されていない、あくまでコメディタッチに描かれてきた旭の唯月に対する恋慕を抱くようになったきっかけと、最大のライバルである紡との真正面からの対話が描かれた屈指の名シーンです。

 そこで紡は却って「最後まで唯月に手を差し伸べ続ける」、どうしようもなくなったら唯月を「苦しみのない未来に連れていく」と決意を新たにし、返って紡の背中を推してることにはなるのですが、そこで旭は明確に「でも私は負けませんから」と明言しています。

ちうね『紡ぐ乙女と大正の月』3巻(2022年,芳文社)p.68

 ただ、最初から唯月に対する片思いがコメディタッチに描かれていたという部分以外でも、また紡と唯「月」がタイトルになっているというメタ的な部分を考慮しなくても、残念ながら旭は最初から負けヒロインでした。

 (これは先日の橘公貞君の記事でも指摘がありましたが)、華族令嬢として大正時代に生まれ、華族令嬢・女としての役割に反感を抱きながらも旭は、その時代の価値観の中で育ち、卒業したら唯月も旭も、華族の子息と結婚しなくてはいけないことを「仕方がないこと」と諦めてしまっていたのです。そのスタート地点からして未来人の紡と旭では大きな隔たりがありました。そしてそんな「非常識な」紡は旭の至れなかった先の世界へと唯月の手を引くことができてしまったのです。

 そんな一途に唯月を想いながらも最後まで報われなかった負けヒロイン・万里小路旭。報われないとしてもその一途な思いの強さで日常パートでは私達読者を和ませ、シリアスなストーリーパートでは最愛の人の幸せを一番に考えてここぞという時で信頼している友人(ライバル)の背中を押してきた万里小路旭。

 そんな本作最大の負けヒロイン兼最強の友人キャラの彼女がいたからこそ、日常パートと時代背景に基づいたシリアスなストーリーの絶妙なバランスの取れた「つむつき」という作品が成立し得たのではないでしょうか。

 

 

○おまけ__『旭』という名前

 と、ここまでも好き勝手に私の独自解釈を書かせていただきましたが最後の最後にもう一言だけ私の妄想を語らせてください。

 ここまで見てきて、「旭」という太陽を連想させる名前自体にも、旭が本作において紡と唯月の関係を照らし、遠くから見守る友人キャラ・負けヒロインという意図が最初から込められていたのではないか、と私は思うのです。月は太陽に照らされなければ輝けない。しかし、太陽と月は決して交わることがないどころか、地球と月の距離に比べて遥かに遠い。そんな太陽である旭は名前からして紡と唯月の百合物語を一歩引いたところから美しいものとして照らし出し、見守る存在だった。百合を遠くから見守り、壁となって応援する存在のように。

 そこまで読み込むとあまりにも旭がかわいそうになってきますが、それはそれで好きなものや自分の信じる者に対してまっすぐな、美しすぎる旭の生き様に合っているようにもまた思えてしまうのです。

 

 

○エンディング

 以上、「つむつき」という物語の影の立役者たる万里小路旭について語らせていただきました。今回取り上げなかった第2巻などにも旭には面白いシーン、かっこよすぎるシーンとか多々あるのですが、冗長になりすぎるのも問題なのでこれくらいにしておきます。

 旭の活躍は第40話が最後かな? とも思いますが、最終話にも美味しい出番があることを1ファンとして祈って今回は筆をおきたいと思います。

 最終話、楽しみにしてます!